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トリニティ・アイリッシュ・ダンス
Trinity Irish Dance
1979年トリニティ・アカデミー・オブ・アイリッシュ・ダンスとしてシカゴに創設。主宰は、著名なダンサーで振付師、舞台演出家のマーク・ハワードであった。1987年アイルランドで行われた世界アイリッシュ・ダンス・コンクールでアメリカの団体として初めて優勝したのを始め、現在まで実に18度世界タイトルを獲得。1990年世界のさまざまな舞踏や音楽の要素を取り入れたプログレッシヴ・アイリッシュ・ダンスを発信させるため、ソロ世界チャンピオンを含む18歳から26歳のダンサー22名、ミュージシャン、スタッフを現名称で独立設置、ワシントンD.C.のケネディ・センター、ニューヨークのジョイス・シアター、シカゴのオーディトリアム・シアター等で公演を行ってセンセーションを巻き起こす。以来、全米、欧州のツアーは常にソールド・アウトを記録、日本の鼓童、ボストン・ポップス等とも共演を行っている。2008年、「トリニティ・アイリッシュ・ダンス」に改称。
トム・ハンクス、ポール・ニューマン、ケイト・ハドソン ハリウッド大スターのコーチとしても活躍
芸術監督 マーク・ハワード
Artistic Director Mark Howard
アイルランド人の両親のもと、イングランドのヨークシャーに生まれる。幼少時シカゴに移住、9歳からデネヒー・アイリッシュ・ダンス・スクールに学ぶ。北米選手権優勝の後、17歳でトリニティ・アカデミー・オブ・アイリッシュ・ダンスを設立、数々の世界大会優勝を果たす。「プログレッシヴ・アイリッシュ・ダンス」の思想の下に1990年にアイリッシュ・ダンス・カンパニー≪トリニティ≫を立ち上げ、これまで競技会中心であったアイリッシュ・ダンスをエンターテイメントの要素を伴う総合舞台芸術として昇華させたが、これが後続のリバーダンスやロード・オブ・ザ・ダンスの出現に影響を与えた。1991年「100名のアイリッシュ・アメリカン」に選出、1993年には米テレビ界最高の栄誉とされるエミー賞を獲得。現在、トリニティの芸術監督を務めるかたわら、『バックドラフト』『アメリカン・ビューティ』『ロード・トゥ・パーディション』等多くの映画、TV、舞台作品で振付を手掛ける。トム・ハンクス、ケート・ハドソン等大スターのプライベート・コーチとしても有名。
世界選手権最年少で2連覇
プリンシパルダンサー ギャレットコールマン
Principal Dancer Garrett Coleman
幼少からアイリッシュ・ダンスを習い、テレサ・バークやクリス・ライアンに師事。早くもその才能を発揮し10代半ばまでに米北部大会で9度、米中西部大会で7度優勝。2004年に全アイルランド選手権年代別部門で優勝すると、続けて同年行われた世界選手権にて若干16歳で優勝。また翌年の世界選手権で2連覇を達成するなど快挙を成し遂げる。競技ダンスの活動に加えショーダンサーとしても活躍、これまでにリバーダンスのミュージシャンとして名高いアイリーン・アイヴァース率いる「チェリッシュザレディース」や「チーフタンズ」と共演する。2006年国家芸術振興基金(NFAA)銀賞授与、またアメリカ大統領奨学生に選出されケネディ・センターにてブッシュ大統領の訪問を受け絶賛を博す。2006年、2010年の来日公演ではその足技で観客を魅了した。
MUSICIAN
Different Drums of Ireland
ロイ・アーバックル(バンドリーダー、歌、ギター、太鼓)
Roy Arbuckle
北アイルランド・ロンドンデリー生まれ。早くからシンガーソングライターとして活動し、70年代に一世を風靡したフォークバンド・チャフにて活躍。1978年アメリカに移住しフィドラーズ・エルボーやランブリン・ボーイズ・オブ・プレジャー等、アイルランド系の人気バンドで活動。アイルランド帰国後は北西部を拠点とし、音楽を通じたソーシャル・プログラムを立ち上げ社会貢献活動に力を入れる。1992年には日本の鼓童に影響を受け、「ディファレント・ドラムズ・オブ・アイルランド」を結成。北アイルランド紛争の中、南北アイルランドそれぞれの打楽器を一つのステージで使い、音楽を通じて両地域の融和を訴える活動を始め、BBC等の主要メディアで取り上げられ注目を集めた。これまでにフィル・コウルター、ジェームズ・ゴールウェイ、グレゴリー・ペック、エドナ・オブライエン、コアーズ、チーフタンズ、トリニティ・アイリッシュ・ダンス等と共演、ホワイトハウスでクリントン大統領(当時)の招聘を受けて演奏するなど多方面で活躍している。


